まれに、医者、または接骨医の方に、湯治を止められたとおっしゃる方がいます。
それは、当温泉を理解していないか、長く引き止める手段のためです。
医者に内緒で来た人は、必ず、もっと早く来れば良かった、悔しいとおっしゃいます。
湯治を止める医師もいますが、それ以上「筍沢温泉だったら」と勧めて下さる医師は
比較にならない程大勢いらっしゃいます
なかには、なぜ、こんなに治るのか、と、自分で確かめる為に、
お泊りに来る医師の方もいらっしゃいます。
ご自分の辛さは、自分しかわかりません。
夫、妻、または、親、兄弟でもいざとなると分からないのです。
ご家族の為に働いて痛くなったとしても、同情してもらえるのは、最初だけです。
『痛い、辛い』と始終言いながら、働いてもだんだんうるさく思われます。
小言は、誰も聞きたくないのです。
明るく人生を過ごすほうが回りの人たちにも喜ばれます。
よく、どう仕様も無くなって”わらをもつかむ気持ちで来た”と言われると、
複雑な気持ちになります。余り、重くなりますと、治りも遅くなるのです。
やはり、どう仕様もなくなる前にお越しになって欲しいのです。
(粗大ゴミになる前に筍沢に行けと言う医師もいらっしゃいます)
痛い、辛い、という時が、治し時です。
正座できない人が、気づかないうちに正座していて、
他の人に言われて、良くなった事に始めて気づいた、
当温泉は、そんな風に治ります。
ムチウチの人は、怠け癖がついてとか、
神経痛の人は、ただ痛い、痛いと言ってとか、
また、痔の人はたいしたことがないのにと言われた。
そして、そんなに、いつまでも、痛いはずないのに、と言われた話をよく聞きます。
その人の辛さは、同じ病気になった人しか分かりません。
どうか、その辛さを理解して上げて下さい。
そして、湯治について理解してください。
家族の方(嫁、婿さんであっても)の幸せは、自分の幸せ、
そして、明るい家庭は、自分のためでもあるのです。
”筍沢温泉”で湯治するのは、他で湯治するのとは、
意味が全く違うのです。